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閉鎖した世界。
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10 , 31
平家物語の冒頭部分は、ソラで言えろと中学の頃に叩き込まれた。

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理を現す
驕れるものも久しからず
ただ春の夜の夢の如し
猛き者もついには滅びぬ
ひとえに風の前の塵に同じ

未だに根強くこの歌は残っている。
理由はと言えば、当然、それが世界の理だからだ。

どんな世であっても、平和や栄光が永遠に続いたことなどない。
頂点に立ったものはやがて滅びのときを迎える。
恐らくその原点にあったものは「恐竜」の絶滅である。
人間の一万年どころではない、絶対不滅に近い年月を生きた恐竜の文明。
それがどうしようもないほどに滅びを迎えたというのだから、
人間の文明など、容易く滅びるのだろうなあ、と最近感じる。

そもそもに何故恐竜が滅びたのか、という疑問は、未だ解決に至っていない。
隕石の落下が原因で氷河期が訪れ、恐竜は生態系を失った……。
これが最も根強く支持される学説となっているが、
果たしてそれが確定された真実かというとやはり疑問は残る。
私論を強引に振りかざしてしまうわけだが、
実は隕石の落下や、氷河期の到来とは全く別の理由で恐竜は滅びたのでは?
と最近感じるようになってきた。
人間の限界点を感じるからだろう。
なんとなく、恐竜にもそれが通じるような気がしてならない。

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10 , 29
通院治療を受けたにも関わらず依然として風邪悪化中。
胸からの咳き込みってことは気管やられたかあ……?
厄介。すごい厄介。
体調の悪さはメンタルも減衰させてしまう。
やはり身体は資本だ。大事にしないと。

しっかし、酒もタバコも呑んでないのに、なんでこんな身体弱いんだか。
やはり体質的なものなんだろうなあ……小さい頃からそうだったし。
この弱さをどう克服したらいいのか、未だに検討がつかない。
免疫力の問題なのか、体温的な問題なのか、それとも筋肉的な問題なのか。
多分、免疫力的な問題なんだろうけど、それってどう鍛えればいいんだろう。
と思ってググってみた。

http://www.menekiplaza.com/menekiryoku.html

酒、タバコ吸ってない。
睡眠、人並に取ってる。
食事、実家にいるから偏らない。
ストレスも貯めないようにしてる。だってのになぜかストレス食らう。
体温、なぜか平均体温が35~6度と人より低い。冷血かもしれない。
笑顔はニコニコのMADで浮かべているけれど、
出来れば幸せな気分になって笑えたら、とそう思う。

結論。
ストレスにものすげえ弱い。あと体温低い。
基礎体温を高めていれば安心感が沸くんだろうか。
それってどうすれば?
まだまだ先は長そうだ。
とかく、健康でありたいと、そう思う。

10 , 25
社長のあの情けない会見を何度も流されて、
大館市民としては非常に悲しい思いでいっぱいである。

まあ、そんなことはもうどうでもいいのだ。
あの爺さんが死のうが生きようが、捕まろうが会社続けようが、
そんなことは本当にどうだっていい。
大切なのはこれからどう動くか、ということだ。
それはこの寂れきった町のことではなく、僕自身のこと。

ネタは煮詰まった。あとはそれをカタチにするだけ。
そういう所に僕はいる。
一年越しに、敗れた夢にもう一度挑むチャンスを、今ここに作った。
スタートを切るための用意は十分。
スタミナは書きながらつけていくしかない。
目線が泳ぐクセと、身体の弱さを克服するのが今後の課題。
やるのならば執心・集中せよ。
そのために、大切なものを失ってきたのだから。

風邪を引いたせいで喉と鼻が痛い……。
もう冬が間近だ。
あの人も風邪には弱かったっけ……大丈夫だろうか。
強くなっていてくれたら、それはとても嬉しいことだ。
僕もまだまだ精進が足りない。風邪に負けてなどいられるものか。
執筆とは、筆に魂を込める事なり。
魂が絶えぬように、身体も、心も鍛えよう。
今がその時。
僕は、僕のやり方で現実と戦ってみせる。

夢を見て、夢を追って、夢を叶えて、
そういうのを「現実から逃げる」と人は言う。
「現実と向き合え」「現実から逃げるな」と頭ごなしに叱り付ける。
けれど、僕にとってはその逆だ。
この現実と向き合え? 現実から逃げるな、だと?
それは言葉尻がいいだけで、「現実に従え」と言ってるのと変わらない。
こんだけ腐敗して、これだけ絶望的なニュースばかりが流れる現実に従えとは、
一体どういう了見なのかと問いたい。
これまでずっと「現実」に抗わず、従い続けたからこの現実だと何故気付かないのか。
仕方がないだろ、現実なんだから……そんな風に諦めきったような目線の人ばかり。
だからなるべく高収入で、好条件のところを目指して人が群がって、
ああ、もういい加減にしやがれってんだ。
誰かが与えてくれる現実に満足して、それでいいのかよ?
もっと理想的な現実があったんじゃないのかよ?

だから僕は、今ここにある「現実」と戦う。
そのために「夢」を見て、そして「夢」を見せるために筆を取る。
それがかつてから、今という現代まで受け継がれてきた創作者の魂。
いつからかそれが形骸化してしまったけれど、
きっとそれは、社会が形骸化していたためだろうと思う。
安寧で、平和で、なんとなくそれが当然になっていた日本だから、
きっと「夢」を見せることさえも忘れてしまっていたのだろう。

僕はサンタになりたい。
サンタクロースになりたい。
サンタを否定して、ピーターパンをバカにする大人にケリを入れるような、
そういうサンタになってやりたい。
俺がサンタだ! 私がサンタだ!
そうですよね、島本先生! なるぞ、サンタになるぞおおおお!
http://www.geocities.jp/mes_chansons/simamoto.html

10 , 24
情報を得てから早一年。
ようやく「星の金貨」というリンゴを食べることが出来た。
リンゴなのにバナナの匂いと味がするらしいそれは、
確かに噂どおりのおいしいリンゴだった。
単価300円。そりゃ美味いわけだよ。

大館の比内鶏が衰退している一方で、
隣県青森ではこのように素晴らしい特産品を作り出している。
リンゴの青森という強い信頼を勝ち得ているから、というのはあるだろう。
だがそれだけでなく、やはり世界市場を睨んで動いているのが青森のすごい所。
青森のリンゴは日本一なのではない。
世界一の美味しさを持っている可能性があるのだ。
値段は信じられないくらいに高いが、
ドリアンとかマンゴーとか、そのくらいの値段の物に比べれば遥かに安い。
多少高いと言っても、これはやはり食べる価値を感じるリンゴなのだ。

大館はそういうことを全く視野に入れていない。
あくまでも目線は秋田県内のレベル。ずっとずっと、昔からずっとそう。
秋田の中で二番目の都市と呼ばれていた頃から、ずっとそういうのぼせた考えをしていた。
そこに甘んじていたし、それでいいと思う腑抜けた根性を培い続けた。
地元の祭やイベント行事は年々観光客が減り続けている。
目新しいことを何一つしようとしないからだ。
いつまで経っても「年中行事」というテキトーな考えばかりだから、
他所にPRするものを全く抱えないまま今日に来てしまった。

そして、発覚した比内鶏の偽装。
自分達の土地で売っているものに興味も注目もしていなかった為に起きた悲劇だ。
町単位で大館をもっと他所にPRしていこうという動きがあれば、
少なくとも、こんな情けない事態は防げていたように思う。
隣の県では当然のようにやっていることだ。
それを見習いもせず、自分達の身を振り返りもせず、そこから学ぼうともせず、
ただ、なあなあを通してきてしまった我が地元を本当に情けなく思う。

商店街が力を合わせて町を復興した事例が全国各地にある。
新しい特産品を作って地域PRをしている事例が、秋田県にだってある。
大館はこれだけ優秀な観光資源を抱えていながら、一体何をやっているのか。
情報発信から観光事業の整備まで、何一つとしてこの町はダメだ。
この間出したきりたんぽクリーチャーで遊んでる場合ではないんだぞ、と。
そんな化け物さっさと殺して、新しいもの模索しなきゃダメなんだぞ、と。

可能だというのなら僕だってこの町の観光PRに協力したい。
だが、この町では「町の有権者」という肩書きがなければそういう場にすら近寄れない。
観光事業に一般市民が口出しすることはほぼ不可能で、
特に若者の声など全く聞き入れようとしないのが現状だ。
これがさらに腐敗を加速させており、頭の悪い年寄りだけの町になる原因だ。

どんなことをするにしても、「声」を拾おうとせず、
事業トップだけで動こうとするところは簡単に衰退していく。
それは市場調査ということであり、要望実現ということであり、
何より、アイデア確保という最大の要素なのだ。
偉い人の凝り固まったジジイCPUで何が出来ると思っているのか。
市も、町も、もっと声を受け入れる耳を持たなければ何一つ良くなりはしない。
それを僕は理解している。

「声」を聞き入れる「耳」と、
意見を述べ、PRするための「口」と、
それを実行するための「手」。
この三つのうち、まず「耳」が塞がっていてはどうしようもない。
小学校の時に言われました。
「ひとのはなし は ちゃんとききましょう」
さすがにもう年寄りになるともうろくしてるのか、
それともそんな昔のことは忘れてしまったのか、
この町では全くそんな場所はない。酷い話だ。

ああ。
現市長のせがれがこの町背負ってくれたらなあ、と思う。
彼ならばこの町の腐った現状を叩き壊してくれる気がするのに。
ヤツも今どこで何をしているのか……話をしてみたいものだ。

10 , 24
http://www.zero-date.com/news/index.html
今年の夏、大館ではゼロダテという中心街をアート美術館にするイベントが初めて開催された。
「O→ゼロ」という解釈の元、何も無い大館の、何も無いという観点に注目して、
ゼロから出発しようという意味を込めて作られたアートフェスタだった。
イベント自体は大したものではなく、地元のほぼ無名なアーティストと、
中心街の荒廃図を生々と見せるためのものだったと僕は思っている。

けれど今、こうして比内地鶏の件で全国から信頼を失った今。
僕は「ゼロダテ」の真の意義を見出したような気がする。
この町は確かに何も無く、これまであったものですら失った。
自分達の観光資源がどれほど優秀であったのか、
そのことにすら気付かないほど愚鈍な大館市民にとって、
恐らく、本当に初めてゼロに立った瞬間が「今」なのだ。

常識的に考えて、こんな死活問題に直面したら、町は絶望に染まる。
けれど、そもそもにO/dateには何もないのだ、最初から。
だったら、偽りで手にした名声など自分達からかなぐり捨てて、
これからまたゼロ出発を果たせばいいのではないか、と僕は考える。

失った信頼を回復するのは確かに苦しいことだろう。
けれど、一度最底辺にまで信頼を失ったのならば、
新たに築き上げる信頼というのは、今度こそ本当の信頼になるはずだ。
ニセモノで作り上げた名声よりも、遥かにそれは素晴らしいもののような気がする。

実際、比内地鶏は美味いんだ。
活用方法をどこか履き違えているだけで、
食わせる方法さえ間違ってなければ、他の地鶏に負けない強さを持っている。
そりゃ、競争力と生産力ではブロイラーに適いっこない。
でも、この地方だから出来ることとして、きちんと道を模索して欲しい。
今度こそ本当に美味いものを全国にPRするために。
ここまでズタボロになった比内地鶏を、美味いと言わせるために。

だから、信じて欲しいと、そう思う。
何もかも失ってしまった大館を、その市民を。
不名誉だらけの場所から這い上がろうとする、その精神を。
僕はこの町に生まれて、そんなことを考えられて、幸せだと思う。
試練なのだと、そう思おう。
この町が本当に強く生まれ変わるための、試練なのだと。

10 , 23
いつから日本人はこんなにも「安全」を意識し始めたのかなー、と。
少なくとも僕がガキだった頃はここまで酷くなかった。
多少賞味期限切れてようが、地面に落とそうが、多少のことでは気にしなかった。
だから未だに三秒ルールは実施中。平気でいける。
もちろん、手洗いとかうがいとかはする。
特に喉が弱いから、うがいは一日三回くらいしてる。

僕の低レベル安全意識でこのくらいなら、首都圏の人はどの程度なんだろうと思う。
出かけるたびにうがい手洗いは欠かさないんだろうか?
流し台のアルコール消毒とかもしてるんだろうか?
ドアノブとか、冷蔵庫とか、ちゃんと掃除してるだろうか?

そうではない、と確信持った上でいう。
それどころか、むしろ首都圏に行けば行くだけ、
市民レベルの衛生意識は悪化するはず。
ちょっと賞味期限切れてるのが売ってると消費者センターに電話するくせに、
自分トコの冷蔵庫にはカビが生えてます、なんて主婦がどれだけいるか。
一体、何様のつもりで安全・健康・衛生を語ってるのか。

この矛盾した安全意識は、間違いなくマスコミの過度な報道が原因だ。
中国産食品の実態だとか、衛生環境の実態だとか、
まるで「無菌で安全な食品でなければいけない」みたいな報道をするから、
消費者たちは、あるはずのない「絶対の安全」を求めるようになってしまった。
元々、そこまでの安全なんていらなかった。
食って腹壊さなくて、んで美味しいなら別に良かった。
不味いのが許せなかったのは確かだけれど、
ここまで敏感に食の安全を徹底される必要なんてどこにあったんだろう。

関連項目としてBSE、鶏インフルエンザなどの食肉の病気があるが、
以前アメリカ産牛肉が問題として取り上げられた時、
向こうの外交官(?)は、
「狂牛病が人間に発症する確率なんて、運悪く車にはねられる程度だ」
とジョーク混じりに言っていたという。
実際、そんなもんだろう。
けれど、日本では、
「その程度あるなら安全じゃないじゃないか!」
と猛反発して、牛肉の輸入を再開しなかった。

確かに病気の牛や鶏を食肉として利用するのは危ないことだと思う。
けれど、その先の衛生管理まで徹底して、
絶対安全の域まで上げなければいけないとなると、
生産者は一体どこまで「安全」に自分の利益を食い尽くされるだろう。
日本の食品価格が世界的に見ても高すぎるのはそういう背景が強い。
もちろん、美味しさを追求した上での価格だというのは理解すべきだが、
近年の異様なまでの安全意識が、それに拍車をかけている。
おかげで、これまでギリギリ赤字回避していた農家にとっては、
年々上がるコストのせいで常に赤字修正しなくてはならない現状が続いている。

そもそもに消費者意識の中にどれだけ安全意識があるのか。
これが一番怪しいのだ。
自分が一日暮らしてるなかで、とことんまで潔癖な人がどれだけいる?
少なくとも薄給の僕にとっては、
「出されたもんは食う」「食えることが有難い」
という思いがまず何よりも優先される。
「美味しいものが食べたい」
というのなら、恐らくお金がある人だろう。しかし、
「安全なものが食べたい」
というのは、一体どれだけお金のある人の考えか。
それとも、自分の身体がそこまで徹底して薄弱なのか?
元々無菌状態で育ちました、だから雑菌がついてるのはダメです、
とかそういう色白美少女アンドロイド系な発言する人間がいるってのか?
ふざけんなよ。

市場に並んでるもののほとんどは、「食えるもの」だ。
けれどそれが安全かどうかなんてのは、食った人の身体の問題だろう。
アジアやアフリカでは、別に除菌も滅菌もしなくても、
多少不味かろうがヤバかろうが、飯を食って人が生きている。
身体的に、精神的にあっちの人間の方が強いってのは確かだが、
日本人がここまで傲慢に「安全」を訴えるのは違和感というより、むしろ怒りを覚える。
お前はどんだけ美味いもんを食って生きてんだ、と。
インスタント麺とコンビニ飯だけで暮らしてるヤツにまで罵られるのはおかしいだろ、と。
つーかお前の部屋掃除してないのに何言ってんだよ、と。

日本人は「食」において謎の特権意識を持ちすぎだ。
日本の食品は安全で美味しい世界一という感覚でもあるんだろうか?
単に物価が高いだけで、別に外国産食ったっていいじゃねえかって腹もある。
そうしたくないのはあくまで、
「日本の農水産、畜産、食品加工業の利権を守りたいから」
という大前提がそこにあるからだ。
これを失ったら日本はただでさえ低い食料自給率を全て外国に奪われる。
だからブランドイメージを喚起して、食の安全を訴えて、
そうして「美味しい日本の食べ物」という虚像を作り出してきたのだ。
外国産の安価な大量生産食品に負けないように。

それが今やどうだろう。
外国産は危ないからイヤだ。
国産も怪しくなってきた、信用できない。
じゃあお前ら何食って生きるんだバカ野郎、と僕は思う。
かつてよりも遥かに食品の衛生環境は改善されてきている。
それを追い越すスピードで消費者の安全意識が拡大しているのだ。
いずれ日本人の舌と腹を満たすものはなくなるだろう。
そうだね、サプリメントと栄養ドリンクでも補充してるがいいよ。
ほぅら、「安全」だ。

10 , 23
ほぼ一日、比内鶏の偽装問題について考えていた。
失った信頼を回復するには、どうすればいいのだろうかと。
謝罪をしたからって許されることはないと思うが、
ともかく謝罪しないことにはどうしようもないことだ。
謝るのが1分、1秒と遅くなれば、それこそ取り返しがつかなくなる。
修復不能になるほどに、大館の信頼はズタズタに引き裂かれるだろう。

悪評というのは勝手に一人歩きしていくもの。
早い段階でそれを食い止めなければ、謝っただけでは意味がなくなる。
人の疑いは芽が生えて、花が咲いてしまえば、次の種を産んで育てる。
それも恐ろしい繁殖力で。
根も葉もなくとも、分裂式に増殖するその凶悪さは、
間違いなく、この町を呑みつくすほどの勢いを持っている。

8ヶ月前。
僕は失ってはいけない信頼を失ってしまった。
あの時、もっと早く謝ることが出来ていたら……今でもそう思う。
信頼は築くのが難しく、砕くのは容易い『砂のお城』のようなもの。
一度バラバラになってしまったら、新しく作り直すしかない。
100%元通りに出来るのは、それこそ神さまの偉業というもの。
人ができるのは、似たようなカタチにすることだけ。
ひび割れや、細かい破片の欠損は、どうやったって避けられない。

きっと我が大館もそうだろう。
これから先、どんどんたくさんの物が欠けていく。
けれど、そこで諦めてはいけないと思う。
投げ出してはいけないと思う。
自殺率をこれ以上上げてはいけないと、ホンキでそう思う。

騙されやすく、すぐに諦めるのが秋田県民の弱さの根幹。
この負の要因に立ち向かうべく、僕は忠犬ハチ公の魂を引き継ぐ。
いつまでだって待ってやる。諦めず、死ぬまで待ってみせる。
いつか大館は立ち直る。立ち直ってみせる。
だから、見捨てず、見放さず、僕は信じて待ち続ける。

だって、明日は必ず訪れるんだもの。
絶望していようと、悲嘆に暮れて酒に溺れていようとも。
首をロープで括らなければ、明日というチャンスは何度だってある。
だから、諦めない。それが前提条件だ。

10 , 21
22時からほんの20分間。
日暮れからずっと雲に覆われていた空が、スっと晴れた。
それは本当に僅かな切れ間だったんだろう。
空はすぐにまた雲に覆われて、また深く閉ざされた。

けれど、その20分間。
近所の公園のベンチに寝転んで、空を見上げていた甲斐があった。
流れ星3つ。
一つ目は一瞬。二つ目は気付くか気付かないかの一瞬。
けれど三つ目は長く遠くに尾を引くくらいの、短くて長い一瞬。

それだけで、すごく得がたい何かを得たような気がした。
別に星が落ちなくたって良かったと思う。
これだけ涼しい空の下。
半分に欠けた月と、透き通った空に映る星を見られただけで、
そう、雲が開けてくれただけでも、きっと十分に幸運だったのだ。
星まで落ちるなんて幸運すぎると思う。
確信の上で見ている流れ星だけれども、
それでも、あれだけの長い尾を引く流れ星は、
間違いなく、幸運を呼んでくれるような気がした。

願い事?
当然、自分のことなんかじゃない。
今日行った黒石(青森)の中野もみじ山の神社では、
子供が「ずっと一生幸せでありますように」なんて祈っていたが、
そんな傲慢が許されるのは子供の頃だけだ。
大人は幸せを望むものじゃなく、自分から幸せを手に入れるもの。
そして、自分の力で人を幸せにするものだ。

だから、星に祈るような願い事っていうのは、
自分の手が、声が届かない人への祈りに他ならない。
『僕が見たこの奇跡みたいな光が、あの人の目にも届きますように』

きっとそれが、僕にとっての幸せなんだと思う。

10 , 21
<比内地鶏偽装>秋田・大館の加工会社、10年前から使わず(yahooニュース)
おわったああああああああ、マジおわったあああああああ。
マイホームタウン、正に死の宣告。
最大の特産品が比内地鶏クラッシュ、自爆的な意味で。
赤福、お前もか! とか言ってる場合じゃねええええええ!
まさか自分とこでこんなアホやってるとは情けねえ。

全国のお前さん方。
地元民の一人として深く頭を下げさせて頂きます。
本当に申し訳ない……orz

宮崎県知事みたいな人がいれば救いがあるのにねえ。
イメージ回復どころかイメージ破壊しかできない気がするんだ、うちの地元。
何せきりたんぽのイメージキャラクターが、
ponta10.jpg
これである。
この摩滅的なデザインセンスのなさはなんなんだろう……。
「観光PRをする気がありません」と言わんばかりにセンスがない。
しかも最近、恋人設定までつきやがって、
kiriko.jpg
これである。
強烈に悪化している。
なんだよ、この、一応萌えブームらしいから便乗してみました、
けどイマイチ萌えってわがんねす、まあこれでいいんでね?的なデザインは。
きりたんぽをどんだけキモい物体にすれば気が済むんだ、商工会議所青年部。

ちなみにこれらのイメージキャラクターは大館市民には最高に評判が悪い。
誰か地元を復活させてくれるようなステキな絵師はいないものか……。
さすがにこれ以上イメージ破壊が進むとうちの地元、マジ終わってしまう。
観光資源は優秀なのに、全く有効活用できてないからな……(´・ω・`)

10 , 20
今朝の日テレのニュース解説番組「ウェークアップ」で、
アフガンの戦地で復興活動を行う日本人医師「中村哲」氏が話題になっていた。
酷く感銘を受けたので記事にしたい。
彼はアフガン戦争以前から現地で貧しく暮らす農民や難民を相手に、
死を隣り合わせにした医療活動を続けており、
アフガン戦争中も米軍機が飛び交う中で小麦などの食料搬入に尽力した。
今現在もその活動は続けられており、現地では彼の功労は歓迎されている。

彼の活動の中で最も大きかったのが、
干ばつにあえぐ農民を救う為に起こした、用水路整備の大事業だ。
アフガン国内では現在、地球温暖化の影響で降雨の割合が狂い、
かつ雪解け水の流入頻度がおかしくなっているせいで、砂漠化が進み、
前代未聞の大干ばつで、大多数の農民が田畑を失い、難民となっている。
聞けば、アフガン国民のおよそ9割が農民だという。
それだけ貧しい国が農地を失ってしまえばどうなるか。
それは考えるに容易い話だと思う。

まず、海がない内陸国であるがゆえに、基本的にアフガンは降水量が少ない。
ゆえにヒマラヤからの雪解け水が彼らの生命線になっているのだが、
これが近年、温暖化の影響で春先に一気に溶け出して、大洪水を起こす。
起こされると下流の村落は大被害を被るし、しかもその水は一気に失われていく。
それから先、年間を通じて安心して得られる水はなくなるらしい。
なにせ雪解け水。
雪がなくなる夏、秋に流れ出てくれたりはしない。
ゆえに一番水が欲しい時期に水がなく、喉が渇いても飲む水が無い。
飲む水がないのだから、当然小麦を育てるような水もあるわけがなく、
「水がない=食料がない」ということになる。
アフガンは本当に貧しい国なのだ。
だから、彼らはNPOからの支援物資として届く水を奪い合い、
時には人死にが出るくらいに揉めることもあるそうだ。

小麦を育てられないアフガン国民は、やむを得ず、
乾燥に強く、繁殖力も強く、しかも育てやすいケシ(麻薬)を育てるしかなかった。
悪いことだとわからないほどアフガン国民だってバカじゃない。
ただ、そうするしかお金……というより、食料を得る手段がなかったのだ。
それだけ土地が貧しく、水だって得られないほどに貧しい。
世界的に「麻薬栽培の中心地」として悪名を張られてしまったが、
そもそも土地が貧しくなければ小麦や野菜を育てていたいのだ、彼らとて。

中村氏は、この貧しさがアフガン内の不安と争いの原因であるとして、
その基点となっている「水不足による農地崩壊」を解決することにした。
ボランティアと経済支援を受けて得たお金は9億円。
そのお金を事業のために投資し、
現地民を日給240円(向こうでは一日食べて暮らせる額)で雇い、
ほぼ人力で岩を砕き、道を作り、そしてその砕いた岩で護岸を作った。
用水路の距離は12km。
その距離を整備するのにかかった時間は4年間。
決して楽な事業ではなかったと思う。
ただ、その4年間、工事に参加した人たちは「仕事を得ていた」し、
給料も貰っていたし、かつ、その活動が将来の豊かさのためだとわかっていた。
後にたくさんの実りを得た小麦畑を作れるのだと、信じていた。
単純に、彼らの求める平和とはそういうものだった。

けれど、その間にも米軍の攻撃は続いていたし、安全ではなかった。
一度、工事現場の作業部が米軍に機銃を掃射されたこともあったそうだ。
米軍では、タリバンの活動が平和活動を阻害している、と断固決め付けて、
一方的にアフガン攻略戦(テロ殲滅戦ではない)を展開しているが、
現地の住人にしてみれば、タリバンのテロ活動よりも、
今目の前に迫っている砂漠化と、それによる飢饉、生活の崩壊のほうが、
よっぽど恐ろしいのだと中村氏は語る。
そして、その引き金となっている米軍、およびISAFの活動は、
アフガン農民の感情を余計に逆立てるだけで、何の解決にもなっていない。
「タリバンの人間を殺す=アフガン国民を殺す」という構図が、
国際平和を望むはずの僕達でさえ全くわかっていない現状が、
なんとなく、理解できた。

そもそもに、アフガンのタリバン政権は既に崩壊している。
残存勢力の駆除、と銘打って行われている米軍の作戦は、
全くの逆効果にしかなっていない。
国が貧しくなればなるだけ、米軍の攻撃が行われれば行われるだけ、
アフガン国民の不満と不安は募り、怒りを買い、
多くの難民が戦うための手段として、タリバンに志願する。
家族の一人がタリバンに入ったとして、そして死んだとすれば、
そこにあるのはタリバン兵が一人死んだということではなく、
大事な家族が米軍に殺されたという、悲劇的な話だけだ。
それが次の恨みを買い、怒りを呼び、さらなるタリバン兵を生む。
そしてまた死ぬ。殺される。
だからまた。
それの繰り返しなのだ、今のアフガン情勢というのは。

中村氏の入った地区では、今年ようやく小麦が実り、水に潤い、
人々はやっと安心した暮らしが出来ると皆が笑顔でいた。
今回の事業で数万人分の食料が確保できるという。
得られた水は何十万人の喉を潤すだろうか。
人々が争う原因というのは、
いつどこだってどんな時代だって、やはり一番の原因は貧しさだ。
僕達先進国が本当に出来る平和の創造というのは、
「危険分子」を排除することではなく、
その貧しさを排除することからではないだろうか?
利権や特需が絡んで、多くの人が疑われる時代だ。
けれど、貧しくて今にも死にそうな人々の不安を取り除くことこそ、
平和を希求する国際社会がもっともすべきことのように思う。

乾いた場所に潤いを。
貧しき心に流れる川の豊かな水を。
……すげえな、AquaPalace始まって以来の名文句だぜ。

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10 , 18
ただそこにあるのは、ただそこにあるものだけ。
ないことを受け入れるか。
それともないことを否定して、あるように望むか。
きっとそこに男女の壁や子供と大人の壁があって、
僕はどっちかっていうと、やっぱりまだ子供なんだと思う。

そんなことを、秒速5センチメートルを見て感じた。
大人になるってことは、
社会の合理性や不条理を受け入れて生きるってことで、
嫌いなものを単純に嫌いだと言えなくなって、
好きなものを素直に好きだと言えなくなって、
仕方ないよね、どうしようもないよね、と言わざるを得なくて、
きっとそんな連続ばかりだ。

何でも出来ると思っていた大人の力ってのは、結局のところお金のことで、
つまりお金がなかったら大人である意味とか意義ってのは実のところなくて、
だから、お金があってもどうしようもないことに直面した時に、
自分が大人であったことを、大人になってしまったことを酷く後悔するのだ。
もう戻れないっていうのにさ。

だから僕はこの作品に涙を流した。
いつもみたいなすがすがしい涙じゃなくて、
一滴一滴がすごく重い意味を持つ涙だった。
これからその涙と、その悲しすぎる世界に抗っていこうと思う。
もしもそれが現実だというのなら、
僕は自分の手で幻想に塗り替えてみせる。

そういう想いを、この作品から受け取った。
だから、今はただ前進しよう。
目指す場所はもう随分前から見えているのだから。

10 , 16
yahooニュースによれば、
21日の夜にオリオン座流星群が見られるらしい。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071016-00000042-jij-soci

流星なんてのは実のところ一回しか見たことが無い。
しかも友人1K氏と歩いていて、偶然流れたヤツだけ。
真剣に見たらもっとたくさんの星が流れるのだろうか。
もしも流れ星が無数と落ちるというのなら、それは少し見てみたいと思う。
きっと心を打ち鳴らすような、素晴らしい夜になるだろう。

なーんて、いい年こいてロマンチストだ。
いや、いい年こいたからロマンチストなのだろう。
子供の頃は夢見人(ドリーマー)。
今の年頃が夢追人(ロマンチスト)。
ならその先は何なのかって?
それは大人(ドリームメイカー)と決まっている。

しかしあれだ、星を見るには少しばかり寒い季節になったものだ。
そろそろマフラーを巻いてもいいと思う。
喉が弱いものだから、すぐに咳が出るし、体が冷えるし、風邪も引く。
男としては三流すぎるほどの三流だ。
が、特に気にした風はない。
それはそれでいい。問題はない。
なぜなら、元より三流を承知の上で進む道を決めてきたのだから。
体が弱く、頭も決して強くない僕にとって、それは幼少から願い続けた力だ。
むしろ、ここまで来るとそうせざるを得ないという節もある。
親にかけた迷惑。大学で学んだこと。恩師。そして、大切な人。
色んなものを振り返れば振り返るだけ、
僕は自分の選んだものを容易く放り投げたり、置き去りにしたり、
諦めて、立ち止まったりしてはいけないのだと強く感じる。

だから、星に祈るのだ。
自分の成功を? 違う。
自分が諦めないように、と。
悲しみや、苦しさに負けぬように、
過去の甘さに引き摺られぬように、
前を向いて、立ち向かっていけるように。
偶然に得たラッキーチャンスなんて、所詮はまやかしだ。
本当にほしいものなら、自分の力で掴み取る。
だから、そのための力を望み続けられるよう、願うのだ。
諦めない、と。
可能性が0になるまで、絶対に諦めないと。

星が出なかったら神さまにでも祈るとしよう。
今のこの気持ちが、夢に挑み続けるあの人にも届きますように、と。

10 , 11
夜中の2時とか3時とかに目を覚ます。
そりゃ電気つけっぱで寝てれば当然だ。
しかし、電気消して真っ暗にしてても目を覚ます。
なんでだよ。

そういう時、大体僕は夢を見ている。
今日は携帯にメールが入ってるのを見て歓喜してる夢だった。
その前は電話だったか、メッセだったか。
ともかく、最近「メッセージが届く」という夢を見やすい。

なんとなく、こうであったら、と思う。

ああ、romanに自惚れすぎか。
自惚れすぎだよなあ……。

新海の新作、
■「秒速5センチメートル」
をツタヤでレンタルしよう、そろそろしようと思ったら、
「すみません、こちら18日からのレンタルでして、もう少しお待ちいただけますか?」
なんて言われて軽くショッキン。
売り場に並んでるのにレンタルできないとか、ヒドス(・ω・`)
まあ、待ってよう、そうしよう。
間違いなく、僕はこの作品見て泣くだろうし。

10 , 07
ご飯がどうやって作られているか。
そういうのを知識だけで覚えることは出来ても、
今、コンビニやスーパーでポンと置かれているソレを買い、
炊飯器でスイッチ一つ、あるいはレンジでチンという僕らにとって、
結局のところ、やっぱりソレはよくわからないのだ。
肉にしろ、魚にしろ、野菜にしろ、
どれひとつとして、ソレが作られるまでの苦労や時間を感じさせない。

僕らはただ、”そこにあるモノ”をお金を払って買うだけであり、
つまりは、人の努力や苦労をお金で買い上げている部類の人間だ。
都市文化の発展は、確かに便利さを向上させ、素晴らしい町を生み出したが、
一方で、そこに暮らす人たちの心と文化を大きく貧しくさせている。
ファミレス、コンビニとインスタント麺ばっかりで、
ご飯もろくに作れないという女の子も大勢いる時代だ。
便利さは時として、単に人間を堕落させるだけのものでしかない。
その現実を、強く感じる昨今だ。

【 Read More 】
10 , 04
食前にワインを一杯。
最近の嗜み。
安物が冷蔵庫に転がりっぱなしだったので、
調子にのってコップ一杯だけ。
決しておいしいわけじゃないけど、
でも、こういうちょっとだけのアルコールってステキだ。
理由はなくても、ちょっとだけ笑顔になれる。

きっと、自分が笑顔でいるということは、
それだけ他の人も笑顔でいやすいということで。
ああ。
本当にたったそれだけ。
僕はもっと、笑顔の居場所を作っておくべきだったと、そう思う。
そしたら、笑顔は、太陽は、もっとキレイに輝けて。
……まあ、戯言だな。

本屋にいったらARIAの新刊(11巻)が発売していた。
もちろん、即買った。
何度も、何度でも読み返したくなるその優しい世界。
難しいことなど何もなく、ただ当たり前のように、当たり前がある。
けれどそれがとってもキレイで、とっても響いて。
だから、こういうキレイな世界を大切にしていきたいと、そう思う。
見失わないように。


キレイ繋がりで神曲を。

「なくした答え探すため 走り出す」
このフレーズに心を重ねる。
新しいものを手に入れるのは、きっと容易い時代だ。
出会いもお金もEasy come, Easy go.
全てインスタントだから、新しくてカッコイイものってすぐ手に入る。

でも。

「なくしたもの」を手に入れることが出来ない。
この間、ガチャガチャで手に入れたハルヒのキーホルダーを落とした。
もう、なかった。既に置いてなかった。撤去済みだった。
ガチャ専門っぽい店を探しても、人気高すぎてハルヒだけなかった。
古泉、お前はいらん。

いいものも、あたらしいものも、すぐ手を伸ばせば買うことが出来る。
だけど、僕は替えの「イイモノ」なんていらないのだ。
目先の欲だけ埋めてればそれでいいなんて、そんなこと思えない。
どんなに古くたって、どんなに人からおかしいって言われたって、
「なくしたもの」に対する思い入れは、いつまでだって残しておきたい。
だって、少なくともそこには、「愛」があったはずなんだから。

……あれ、これってなんだっけ。
ああ。
金の斧、銀の斧か。

で、余談。
秋の新アニメの中にこれも入っているのだが、
新海誠の手が入らない「ef」には全く期待が無い。
それだけ新海監督の力が大きすぎる。
映像だけじゃない。
音楽、物語。
その全て、新海は大きい。
生半可な「キレイ」では、新海の光に掻き消されるだけ。
もし出来るなら、この「キレイ」を超えるだけのものを作ってみたい。
新海の絵に飲まれないだけの、「キレイ」な夢物語を。

10 , 02
今期のアニメ何見るかって話。
アニメは放映数自体が生半可なく多いので、
面白いものを取捨選択しないと時間がなくなる。
特にyoutube系で見始めたせいでホント見るのが格段に増えた。
参ったね。

まず、1オシは言うまでもなく
「CLANNAD」

もうこれはアニメとかなんとか、そういう区分で見るもんじゃあないな。
泣き作品であることは大前提なのだが、
僕的にはこれを通じて家族を作る大変さと大切さ、
それと言葉にはできないあったかさを感じて欲しいと、そう思う。
当たり前のものさえ守れない現代(いま)だから、
この当たり前さは、とても心に、記憶に残ると思う。

次弾。
「バンブーブレード」
さっそくだから放映した第一話のっける。

クラナドと違ってこっちは純粋にアニメとして楽しめる作品。
原作は知名度薄いが神。むしろこっから神話が始まる。
どうでもいいが、秋田でやってる国体でうちの地元が剣道で3種目制覇。
剣道王国アキタ誕生しました、おめでとう。
で、たまちゃんどこy(自粛

次弾装填。
「灼眼のシャナⅡ」……といきたいところだが、
それは単なる釘宮アニメでしかないので、
「みなみけ」
http://www.starchild.co.jp/special/minami-ke/
何気に大本命。ただ、アニメにあの空気がどこまで合うか微妙。
らきすたどころの騒ぎじゃなく、カオス。
笑エロい作品になることを信じる。



他にも大きいところでは、
カイジ、ガンダム00、ネウロ、げんしけんなどあるわけだが、
僕的にどうでもいいので取り上げない方針。
同様に、萌え専用アニメ、ギャルゲ専門アニメにはノータッチ。
ニコで何か話題になったりしたら見始める、かも。

とりあえずは上記3本が主力かな。
誰が見ても面白いと納得できるのをチョイスしたつもり。
日々心が荒んでいく人や、マジメ一辺倒になりすぎて倒れそうな人、
あるいは世界に絶望している人。
そういう人にちょっとでも心の潤いを与えてくれる、
このアニメってやつは、ホントにホントにすごいのだ。
もうちょっと見直してやってもいいと、そう思った。



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