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閉鎖した世界。
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12 , 31
ありがとう、と言うことを忘れない。
波乱の一年ではあったけれど、意味のある一年だった。
明日からは駆け足で行こう。
息が切れない程度には、体を鍛えたはずだから。

話題がないので紅白。
米米クラブにうっとりしたり、しょこたんの成長に感動したり、
AKBは夢があるなーと思ったり、あみんに胸を打たれたり。
「待つわ」は反則だよなー……胸に来るぜ。

とりあえず9時半で視聴を止めた理由は、
「中居うぜえ」
ってそれだけ。
帰れ、フジに帰れ。

では、よいお年を。
来年が最高の年になることを祈っております。

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12 , 27
考えるのは、やはり昔からそうだけれども、
煩悩を断ち切るという意味合いが強い。
さすがに坊さんのようにツルッツルにする勇気はないけれど、
瞼に被るくらいになると、かなり余計なことに気が散っている。
一年の穢れを払う意味でも、やはり散髪は必要だ。
年を越える前に済ませておこう。

欲しいものは結構ある。
それらは必要なものかと言えばそうではなく、
実はかなり自分の邪魔になるものなんだろうなあ、と思う。
それを煩悩という。
本当に必要なものを手に入れたいのなら、十の願いに眼をつぶれ。
一の願いに想いを賭して、たった一つを手に入れろ。

だからまずは部屋にたまったゴミ処理から始めよう。
定番だなー、この流れ。
大事始める前にはまず掃除。で、手につかない、ってな。
そうならないよう、心を引き締めよう。
心の整理は、つけておかねば。

12 , 20
悪い年だった、と締めくくるほど悪かったかと言えばそうでもないだろう。
確かに悲しいことがあって、それはもう絶望したくなるだけ悲しいことだったのだけど、
それでもそういうギリギリの辛い思いを抱かせてもらったからこそ、
僕は自分の中でとても大切なものを得られたような気がする。
いや、得られた。

それで何かが変わったかと言えば、恐らくは何も変わっていない。
僕は僕のままだし、収入が増えたわけでもない。
本当に本当に、僕は僕を維持し続けて、今も僕であり続けている。
致命的な何かが欠けたのに、だ。
それでも変わらずにいられるのはきっと、
「諦めない」
と決めたからだろう。

諦めは自分が決めるゴールラインだ。
「ここまでやればもういいや」ってな思いがちょっとでもあるのなら、
それはもう、容赦ないゴールラインになってしまう。
その先が見えていないんだもの。
そりゃ、止まるしかない。
だけど、諦めなかったら。
もうちょっと続きがあると信じることが出来たなら、
ゴールなんていつまで経っても訪れることはない。
そう、死ぬまでは。

物語は死ぬまで続く。
だから、転んでも、拗ねても、投げ出しても、不貞寝しても、
自分という物語は毎日毎日書き足されていく怠惰なストーリーだ。
多分、まだ第一巻が終わったところ、かな。
けど、第二巻を書き続けていくつもりはあるし、
むしろその第二巻を描いてみたくて顎を上向きにして生きている。
胸を張って、なんて強気なことはいえない。
でも、顎を上げれば自然と胸だって張るもんだよね。
だから、いつか。
いつかでいい。
認められる日が来ることを信じて僕は僕の物語を書き続ける。
そう決めた。

友達がバイト先に辞表を出した、そんな日のこと。
僕はなぜだか”君”を思い出して、何度目かの呪文を唱えた。

「諦めない」

何を、という目的語はない。
なぜなら、それは目的に対する想いではなく、単に生き方の確認だからだ。
そういう風でありたいと、今もなお、これからも、ずっとそう考え続ける。

12 , 13
朝一番にニコニコを覗いたらランキングが1~4位まで全部メルトだった。
でもここ最近のグダグダ動画っぷりを考えるとこれは納得。
すげえノった。これは熱い、いや、アツアツ。

とりあえず、4つから抜粋するならデュエットとガゼルの2つ。
本家とhalyosy氏の単体では火力半分ってカンジ。
他にもまだまだメルトはいいの出てくるだろうなー。
どう考えても最近の軽すぎるポップスよりも火が入ってるもの。





僕ですか? 未定。
楽しくなってきたら歌うけど、ニコには上げない。めどいもん。

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12 , 11
約束を果たそう、と決めていた。
それに何の意味もなくとも、何の価値もなくとも、
誰に知られるというわけでもなく、誰に望まれるというわけでもなく、
ただ、かつて自分で決めたことを、ただ当たり前に果たそうと、
そう決めて、僕はこの日を迎えた。

転げ落ちて、躓いて、僕の一年はそんなだった。
立ち上がることを覚えてからまだ半年。
あの人との距離はもう随分……いや、見えないほどに離れてしまった。
時間の経つのがあまりに早い。
追いつくためには一体どれほどの速度で生きればいいというのか。

多分、100mを9.80で走り抜けなければいけないんだろうな、と思った。
世界最速で、その頂点を目指す覚悟で走り抜けなければいけないんだろうと。
最底辺が普通のレベルを目指す以上、それだけの覚悟は必要だろう。

それでも、追いつけるかわからない。
だって、速度で追いつけたとしても、方向が一緒とは限らないのだから。
かつてだってそうだった。
あの人は北へ、僕は南へ。
すれ違いの平行世界をウロウロするばかりで、ちっとも会うことが出来なかった。
隔てる距離はほんの数百メートルだっていうのに、
迷い、戸惑った僕らの間には何十キロもの見えない壁が立ちはだかっていたのだ。

その壁が今、どれほどの厚さになったのか、特に興味はない。
どれほどの厚さであろうとも、穿ち、貫くと決めたのだから。
何年かかろうとも、何十年かかろうとも、
その見えない壁を貫くために、僕は待つと、そう決めた。

鍵をここに。 → 
望んだ時にはまず飼い猫の名を示せ。
開かない箱は自分の好物が開けてくれる。
なお、賞味期限は一週間。
それ以上はもたないので、捨ててしまおうと決めている。
お早めに。

12 , 09
豪奢な贈り物も、
幾千の大金も、
こだわりを詰めた想いの手紙も、
ドラマのような華やかな展開も、
「名前」を呼んで貰える喜びに比べれば、
何の価値もない。

12 , 07
謝るという字は、
「言葉」で「射抜く」と書く。
それは、感謝にせよ、謝罪にせよ、
心を射止めるものであるということだろう。

ごめんなさいの一言。
ありがとうの一言。
たった一言があるとないとで、とても違う。
何でもないことが大事になり、
笑っていられる場所が笑っていられなくなる。
たった一言添えるだけで、安心してやっていけるはずなのに、
どうしてか人は、時々、的から目を逸らしてしまう。

弓道において、的を射るというのは、
「狙いを定める」時点で当たるかどうかが決まっているらしい。
きちんと狙いを定められるならば的中し、
心が乱れ、きちんと的を見ていないなら外れる。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、なんて生温い考えでは弓道は出来ない。
弓道は、一矢で的を打ち落とさなければならない武術だ。

思うに、人の心に対しても同じことが言えるだろう。
無闇やたらに「ごめんなさい」を言われればイライラするのもそうだし、
かといって全く言われなければ腹が立つのもそう。
的確なタイミングで、的確な一矢を放つから、
人の心というカタチのないものを射抜くことが出来るのだろう。

ちょっとした言葉が相手を傷つけてしまうことの多い時代だ。
すれ違いや、意地の張り合い。
そんなことで傷つけあうような人にこそ、「謝」の一文字は必要な気がする。
ありがとうやごめんなさいは、とても大切な言葉だから、
無駄撃ちせず、けれどためらったり、見栄を張って言わなかったりしないこと。
その一言を言うか言わないか、それだけで人生は大きく変わってしまうのだから。

そう、自分に言い聞かせている。

12 , 03
中間、というか前半の中間報告みたいなもの。
話の筋書きは済んだのだけれど、お話というのは一枚岩では短編にしかならない。
長編と短編の違いというのは、その分量がどうとかいう問題よりも、
「掘り下げたかどうか」というポイントが大きく違う。
短いフレームの中で集約した要素を展開するのが短編の良さではあるけれど、
読みきった段階で「チャンチャン♪」ってな具合で終わってしまう寂しさがある。
やはり「続きが気になる!」ってのは長編作の魅力だろう。
それだけ読者が感情移入というか、作品世界に自己投影したくなるのだ。

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