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閉鎖した世界。
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03 , 27
友人に原稿見せたところ、手直し以前との判断を頂く。 ←一週間前
三日悩んで、最終的決断は全部書き直す方向にシフト。
現在20ページ。
間に合うのか? いや、どう考えても無理くさい。
しかし、諦めの悪さと人の言うことを聞かない度合いは既に才能の域に達していると自負。
つまり病気のレベルの意地っ張り。
やる。
やってみる。
やらせてください。

締め切りデッドラインは四月八日。
あと12日。
久しぶりに潰瘍系の腹痛を感じる。
かゆ・・・うま・・・。(お粥が美味しいの意味)



頭がダウナー症候群で死に掛けてたのだけど、
この曲聴いてかなりアッパー入ってイイカンジ。
「歌ってみた」系では久しぶりの個人的大ヒット。
今すぐ歌ってみてえ。でも時間ねえ。
締め切り間に合ったら久しぶりにマイクのお世話になってみよう。

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03 , 19
原石になる120枚は完成。
ここから二週間でどれだけその原石をダイヤまで磨いていけるかが勝負。
原稿用紙で勝負してた昭和世代の作家さんとかは、
既に作り出した時点でダイヤでなくてはいけなかったのかも知れないけど、
パソコン世代の僕らにとっては、一度原版作ってから、一気に書き直すチャンスがある。
マンガ、イラストの技法を見ればこれはすぐ判ることだけど、
「アタリ → ラフスケッチ → 線入れ → ペン入れ → 仕上げ」
と言うように、ちょっとずつ原版に肉付けをして、そっから要らない線を削る、ってのが王道。
これが小説になると、
「原案 → プロット → 初稿 → ペン入れ(修正) → 第二稿 → 仕上げ」
ってなカンジになる。
昭和時代だと、このペン入れを無闇やたらに出来なかったために、
作家の筆力が問われていた部分が大きい。
だって、書き直すのって地獄だもんよ、マジで。
今ではカットとペースト使えば切り貼り出来るけど、
これなかったらホントこっから先の作業はやる気しなくなるね、間違いなく。

はてさて、どれだけ削れて、どれだけ付け足せるやら。
書いてる段階で明らかに無駄な部分を相当残してるし、
未消化フラグも相当作ってしまっているから、
下手すると30枚近く書き直すんじゃないかとビクビクしている。
30枚ってことはアレだぞ?
僕の能率が最大一日8枚(平均5~6枚)として、
最短でも四日、遅ければ一週間コースだ。
〆日が目前に迫ってる中で、どれだけ切り詰めていけるか。
気合が必要だ。


03 , 13
◇秋田県羽後町:第二回「かがり美少女イラストコンテスト」のお知らせ
関連:始まったな

( ゚д゚) ・・・・・・・・・・・
 
(つд⊂)ゴシゴシ
 
(;゚д゚) ・・・・・・・・・・・
 
(つд⊂)ゴシゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚) !?


ちょ!! え!?
秋田いつからこんな始まってたんだ!!!!
ネイガーどころの騒ぎじゃねえぞJK。
天下の大手、カトゆー家さんで取り上げられてるとか、羽後町ヤバすぎ。
世界に花開く秋田のオーラをメキョメキョ感じるぜ。

でも県南。
でも県南。
大抵、改革してくの県南の人。
県北マジ終わりすぎ\(^o^)/

03 , 12
筆速ksk中


最近、あまねりおが気に入ってる。
一人じゃ歌えない悲しさを何とかして欲しい。
歳食えば食うだけ女性パートをごまかしきれなくなってきてるわけで。
つーかカラオケ行きたい。
カラオケ分が足りない、マキシマム足りない。
駆けろ!スパイダーマ!を歌わせて欲しい。

\チェィンジ! やっぱうどん!/

03 , 10
書いたものに納得できなくて、書き直したくて書き直したくてたまらない症候群。
もっといいものが書けるはずで、それさえあればもっと気に入った表現できるはずだ、
そう思い込んでしまったが最後、ゴールラインを切れずに立ち止まってしまう。
今の状態は決して満足できるものではないけれど、
そこに自己否定を込めて、ここが悪い、あれがよくない、と続けていては前に進めない。
もちろん、致命的欠陥を抱えたままで書き上げていったとしたら、
最終段階までをやり直さなきゃいけない、なんて悲劇も起こるかもだけど、
気に入らない、面白くない、と思って投げ出し続けていては最悪だ。
金を取れるものを目指すなら、その葛藤に打ち勝てないと話にならない。

現状、80枚。
期限はまだ間に合うものの、果たして満足が出来るだろうか。
なんとかしなくては。
諦めないと。
嘆かないと。
そう決めて、もう一年が過ぎたのだから。

03 , 04
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080304-00000911-san-soci
VIPに出入りしてる10歳の女の子……か。
そして、たかだか一行の書き込みに情報操作される大人たち。
子供の悪戯にしては悪ノリが過ぎているし、
技術さえ覚えれば誰でも書き込める大規模掲示板のデメリットもある。
だが、一番の問題はその情報の真偽を判別できない大人の脆さが大きい。

酒木薔薇聖斗の時は事件があった後のメッセージだった。
残虐非道で、確かにあれは狂気に満ちた事件だったと記憶している。
しかし、今回のような犯行予告で愕然となって必死に対応に追われる現状を見ていると、
同様の予告を「おとり」として衆目を引き付けて、
別の完全事件を引き起こすような犯罪者が続出しても不思議じゃない。
それだけ、ネットの殺人予告というのに公的機関は釣られすぎている。

たった一行。
たった一言に躍らされて、一つの県が総力を挙げて防備を固めていた。
異常なまでの安全意識だと僕は認識する。
子供を守らないといけない、と大人は自分達で防護柵を張り巡らせているが、
子供自身が勝手に柵を抜け出て、むしろ大人を騙すようになっているこの現状で、
そんな急場しのぎの土嚢が一体何の役に立つというのか。
むしろ、そんなどうでもいい防衛策に頭を巡らせるくらいなら、
自分の子供がそんな間違いを犯さないように、
何が間違いなのかを教え、間違う怖さを教えることが優先されるのではないか。

野生の動物は、子供が大きくなる前に狩りの仕方を教え、天敵への抗い方を教えるという。
途上国では子供が一つの労働力としてきちんと貢献している現状がある。
先進国は、あまりにも子供に対して過保護すぎる。
「大人が守らなきゃいけません」
などという綺麗事は所詮大人のエゴに過ぎない。
当然、子供の行動を規制、監視していいわけがない。
「手を切ると危ないから包丁は握らせません」
というのと同じ議論だ。
危ないから正しい使い方を教えるのが道理ではないのか?
痛い思いをするから、危ないと理解するんじゃないのか?
最初から「安全」という檻の中で飼いならされた子供たちが、
これから先、どうやって社会を形成していくのか、実に不安が残る。

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