FC2ブログ
閉鎖した世界。
-- , --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


07 , 20
と書いてマジと読んだり、本気と書いてマジと読んだり。
「真剣=本気」と言うのは、やはり剣道が筋なのかなと考えさせられた。

たまたま立ち読みした本の中で、記憶に残ったものがあって、

『攻め気のない剣と言うのは、気迫の時点で違います。
 打突部分がたまたま当たったのを上手くなったと勘違いしている人も多いですが、
 偶然当たった、偶然勝ったというものには気迫が伴っていないのです。
 竹刀で叩いたとしても、音が違う。恐らくはポク、と言うものになるはずです』

何事もそうなのでは、と考えさせられた。
本気で打ち込む、という事柄は既に目線や意思の時点で何かが違う気がする。
建前上、格好いいことを言うのを本気とは言わず、
「絶対にやり遂げる」という覚悟と実際の行動が伴って、それを本気と言うのだろう。
本気は難しい。

また、

『気迫で勝ったのなら、後は100%捨てる気でいかなければいけない』

と言うのも章のタイトルにあって、
やはりこれも、シンプルに明確な「本気」の指針になっていた。
意思決定の先、全身全霊の瞬発的な行動をしてこそ、本気。
キエェ! と気迫をぶつけた後、どっちにしよう、あっちか、そっちか、
と迷っていたら、それだけで隙だらけもいいところ。
明確な意思決定の先は、考えるのをやめて、結果だけに集中するべきなのだろう。

……だろう。
つまり、俺自身の中でそれは「借りてきた言葉」で、実感として足りない。
本気の出し方や、本気のぶつけ方、本気を結果に導く体験、
そういうのが、あまりにも足りなすぎる。
人生の中で、自分の努力で「手に入れた」と思えるものがほとんどない。
「与えられた」ものの方が断然多くて、如何に自分の本気経験が少ないかわかる。

本気で手に入れる。
そのための決意の言葉は、覚悟が出来なければ吐いてはいけない。
本気の出し方さえあいまいな俺なのだから、
浮ついた心が生んだ『格好いい言葉』を酔って吐き出していたら、それは事件だ。
自分にどれだけの本気が宿っているのか、きちんと確かめよう。
どんな刀も、手入れを怠れば錆付いてしまうのだから、
『本気』という『真剣』を研ぐことを、今から始めよう。
スポンサーサイト


    
コメント
コメントの投稿












 管理者にだけ表示を許可する?

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。