閉鎖した世界。
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09 , 30
絵が描けないとか、描写が上手くないとか、
そこらへん、やっぱただの言い訳なんだなーと、
一人でゲーム作ってる人の日記を読んで思う。
やれる人は出来なくても、とりあえずやってる。
上手くなるとかならないは抜きに、とりあえずやってる。
センスの問題なんて、やってみなければわからないし、
やるのならばそれなりのノウハウと技法を学ばないと、やったとも言えない。

高校時代の同期に、絵も書けてプログラムも組めるヤツがいたけれど、
彼は工学系の大学に入ってIT系の企業に勤めた後、アニメーターになってしまった。
マンガと格闘ゲームは好きだったけれど、アニメは門外漢って風だったのに。
人生、ターニングポイントを決めて、迷わず進んだ人がなりたいものになっている。
俺にはいつでもターニングポイントがあるはずなのに、
進む、という概念が抜けているせいで、未だに何にもついていない。

イメージとシミュレーションなら誰にでも出来る。
問題は、そのイメージを現実に持ち込んで来れるか来れないか。
だから文字屋や絵師、ミュージシャンは、
「そこに見えているにも関わらず」、そのイメージを取り出せずに苦悩する。

左手でお箸を使うのと似た感触がそこにある。
右手でならすんなり通るイメージが、左手では再現できない。
利き手という概念は、所詮、形態反射の繰り返しで培った学習なので、
直す気にさえなれば、左手を使うことは誰にだって出来るはずだ。
ただ、「出来ない」、あるいは「右手で出来るから」、という思い込みがあるせいで、
左手を使う必要性や、それらを動かそうとする可能性を、実現しないだけで。

何事も、やってみないと上手くはならない。
イメージでなく、体現から技術は磨かれるんだと。
前々から読んできた啓発本の言葉が何度も繰り返し頭に浮かんでくる。

目標をつけ、行動し、進捗を見極め、柔軟に応じる。

行動なしには何も変化しない。
そして、変化に対応する術も磨けない。
だから、転んでもいいから、まず行動。
文字の織り方、モノの見方、心の在り方、自分の生き方。
全て、アクションを起こして捉えてみよう。
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